あるいは裏切りという名の犬(フランス映画・2004年) |
<テアトル梅田>
2007年1月8日鑑賞
2007年1月9日記
最近めっきり少なくなったフランス流「フィルム・ノワール」の傑作が登場!次期パリ警視庁長官と目されるライバル2人が、凶悪強盗犯逮捕に執念を燃やすが、それは物語の前半のみで、真のハイライトは後半の展開に・・・。登場人物が多く、凝縮されたストーリーは複雑だから、しっかり注視して観なければダメ。その面白いストーリーにあたなは夢中になるはずだが、長ったらしい邦題のつけ方と消化不良の結末だけはイマイチ・・・?
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監督・脚本:オリヴィエ・マルシャル
レオ・ヴリンクス(パリ警視庁警視、BRI(探索出動班)所属)/ダニエル・オートゥイユ
ドニ・クラン(パリ警視庁警視、BRB(強盗鎮圧班)所属)/ジェラール・ドパルデュー
カミーユ・ヴリンクス(レオの妻)/ヴァレリア・ゴリノ
ロベール・マンシーニ(パリ警視庁長官)/アンドレ・デュソリエ
ユゴー・シリアン(元情報屋)/ロシュディ・ゼム
エディ・ヴァランス(レオの相棒、警部)/ダニエル・デュヴァル
ティティ・ブラッスール(レオの部下、警部)/フランシス・ルノー
エヴ・ヴェラゲン(ドニの部下、警部)/カトリーヌ・マルシャル
マヌー・ベルリネール(バーの経営者、元娼婦)/ミレーヌ・ドモンジョ
アスミック・エース配給・2004年・フランス映画・110分
<これぞフィルム・ノワール!>
今や私の愛読書となった『映画検定 公式テキストブック』(キネマ旬報映画総合研究所編)によれば、「フィルム・ノワール」について次のとおり解説されている。すなわち、
「フランスの評論家ニノ・フランクがアメリカの犯罪映画の中でも、『マルタの鷹』(41年)のように男女の欲望、陰謀、心理、不安に根ざしたものを特に“黒い映画(Film noir)”と名づけたことに由来しているが、アメリカ作品以外にも使う。フランスでも多くの監督が撮っているが、中でもジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』(67年)などが有名」(190頁参照)。
私はアラン・ドロンが殺し屋を演じた『サムライ』を観ていないが、ジャン・ギャバンの『現金に手を出すな』(54年)はよく知っているし、1950~60年代にはやったフランスの犯罪映画はそれなりに観ているつもり。パンフレットにある黒田邦雄氏の「情の世界とヴィジュアルなスタイルが見事にドッキングしたフィルム・ノワール」の中で、このフランス流フィルム・ノワールについて詳しく解説されているので是非それを勉強してもらいたいが、この映画はまさにそんな往年のフランスの香りいっぱいの、「これぞフィルム・ノワール!」という1本。
<2人の主人公は・・・?>
このフィルム・ノワール映画の主人公は、BRI(探索出動班)のレオ・ヴリンクス警視(ダニエル・オートゥイユ)とBRB(強盗鎮圧班)のドニ・クラン警視(ジェラール・ドパルデュー)の2人。昔のようにフランス映画があまり公開されていない昨今の日本(?)では、私はフランス人俳優の名前はジャン・レノやスティーヴン・セガールなどよほど有名でなければ覚えていないが、このジェラール・ドパルデューだけは何かの映画で見た俳優だということがすぐにわかった。そこでパンフレットで調べてみると、その映画は『カミーユ・クローデル』(88年)と『シラノ・ド・ベルジュラック』(88年)。他方、ダニエル・オートゥイユもフランス映画界きっての名優のようで、新作ではナポレオンを演じるらしいが、まさにその顔つきはナポレオンそのもの・・・?
<2人は永遠のライバル・・・?>
この2人は同じ女性カミーユ(ヴァレリア・ゴリノ)を愛したという点でもライバル同士だが、1年半で7件も発生した凶悪強盗犯の逮捕にハッパをかけるパリ警視庁長官ロベール・マンシーニ(アンドレ・デュソリエ)の後任争いという点でもライバル。カミーユを妻にし、一人娘ローラ(ソレーヌ・ビアシュ)と共に幸せに暮しているのはレオだから、女性争いではレオが先行したうえ、ロベール長官が凶悪強盗犯逮捕の指揮権を委ね、次期長官に指名したのもレオだった。凶悪強盗犯逮捕は、本来ドニたちBRB(強盗鎮圧班)の任務、そこで手柄をたてて次期長官に、というのが権力志向の強いドニの狙いだったから、こんなロベール長官の措置は到底納得できないもの・・・。
<この邦題はちょっと・・・?>
それにしても、この『あるいは裏切りという名の犬』という長ったらしい邦題は、一体誰がつけたのだろうか?目下、東映で大ヒットしている『大奥』(06年)を典型として、一般に女の嫉妬は激しく、陰湿なものと決まっているが、何の何の、男のそれも何ら変わりのないもの・・・。そんな思い(?)がこの邦題の中に折り込まれているわけだが、こんな長ったらしくワケのわからない、そして何となく思わせぶりなタイトルの是非は・・・?ちなみに、この映画の原題は『36 QUAI DES ORFEVRES』、すなわちパリ警視庁が位置している「オルフェーヴル河岸36番地」。この方がよほどシンプルで、映画のテーマに沿っているのでは・・・?
<警視の部下の警部たちは・・・?>
警察官の階級制度は複雑で、日本では警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長、巡査。日本のそれとフランスのそれがどこまで共通しているのかは知らないが、次期パリ警視庁長官と目されているのが、レオとドニの2人の警視。もっとも、もう1人内務調査課のスタネック警視(クリストフ・ルゾー)もいるが、これは候補漏れ・・・?
本来、警視ともなれば自分が捜査の第一線に立つものではなく、かつての人気テレビドラマ『太陽にほえろ!』の石原裕次郎のように、自分のデスクで捜査全般を指揮するというイメージだが、レオの場合は今でも現場の第一線で指揮をとっているから驚き・・・。こんな行動力抜群で正義感あふれるレオだから部下からの信望も厚いが、中でも相棒のエディ・ヴァランス警部(ダニエル・デュヴァル)、や忠実な部下のティティ警部(フランシス・ルノー)はストーリー形成上大きな役割を果たしている。他方、ドニ直属の部下は女性警部のエヴ・ヴェラゲン(カトリーヌ・マルシャル)だが、こちらもドニの行動が次第に怪しさを加えていく中で、その気持が大きく揺れ動き、ある大きな決断を下すことになる重要な役柄。ちなみに、このエヴ役を演ずるカトリーヌ・マルシャルは、この映画のオリヴィエ・マルシャル監督の実際の奥さんとのこと・・・。
フランス映画は登場人物の名前を覚えにくいが、この3人の警部の名前と顔はしっかり頭に入れておく必要がある。
<ライバルの2人にもそれぞれ家族が・・・>
夜遅く家に戻ってきて、翌朝早く出かけていくだけ。それはなぜ・・・?妻のエレーヌ(アンヌ・コンシニ)からそう尋ねられたドニの答えは、「警察官だから・・・」というもの。不祥事件続きの今ドキの日本の警察官に聞かせてやりたいセリフだ・・・。
他方、恋の勝者となったレオ(?)も、時間的制約はドニと同じだが、多少は妻と娘との交流もあるよう・・・?面白いのは、長年警察官の仕事をしてきたレオには、彼を恨む奴も多いはずだが、逆に今はレオの友人になっている人たちもいること。その1人が今はバーの経営者だが、かつては娼婦だった初老の女マヌー。何とこの役を、私もよく知っているかつてのフランスの大女優ミレーヌ・ドモンジョが演じている。そういえば、往年の(?)フランス人女優では、あのカトリーヌ・ドヌーブが『キングス&クイーン』(04年)に登場したり、ハリウッド女優でもあのジュリー・アンドリュースが『プリティ・プリンセス2~ロイヤル・ウェディング~』(04年)に登場しているのを見てビックリしたが、1950年代のかわいかった時代のミレーヌ・ドモンジョをよく知っている私だけに、その姿にビックリ!もっとも、顔だけ見ても全然わからなかったが・・・。
さらに、マヌーの夫であるクリストは今は静かにマヌーと共に暮しているが、強盗の前科を持つ男。そしてワンシーンだけ登場するこのクリスト役に扮するのは、何とオリヴィエ・マルシャル監督自身・・・。こんなレオとドニをめぐる家族・友人関係も、是非把握しておく必要が・・・。
<兄弟ギャングの登場は・・・?>
この映画の冒頭、まず兄ブリュノ(イヴァン・フランク)と弟ロルフ(エリック・デフォッス)という2人の兄弟ギャングがマヌーのバーに押し入り、彼女に対して手ひどい暴行を加えるシーンが登場する。もちろんこれに対してはレオが報復し、ブリュノは手ひどい傷を受けることになるが、この兄弟ギャング2人も物語の進行上大きな役割を果たすので、その顔と名前に注目を・・・。
<凶悪強盗犯人の登場は・・・?>
もうひとつ冒頭に登場するのが、一見して「これぞプロの仕業!」とわかる見事な強盗ぶり(?)を見せる主犯格のフランシス・オルン(アラン・フィグラーツ)とその相棒ロベール・“ボブ”・ブーランジェ(パトリック・メディオニ)、そしてこれに従うシュナフ、スーラ、アティア兄弟たちの強盗団。彼らはセリフも少ないうえ、覆面をして銃をぶっ放すだけという役柄だから、どうしても名前と顔が一致しにくいが、オルンだけは映画後半にその顔を見せて重要な役割を演じるので注目を・・・。
もっとも、映画全体を観ると、この凶悪強盗団VSパリ警視庁の対決はこの映画の真の骨格ではなく、あくまでレオとドニとのライバル対決というメインストーリーをより強く印象づけるためのサブストーリーであることがよくわかる。したがって、映画の前半ではオルンによるエディの射殺、そしてレオたちによるオルンの逮捕というストーリーが展開されていくが、そこでは、この強盗団たちの姿は完全に消え去り、スリリングなストーリー構成の枠外へ・・・?
<最大のキーマンは情報屋・・・>
華々しい活躍を見せる(?)強盗団や兄弟ギャング以上にストーリー構成上のキーマンとなるのは、元情報屋のシリアン(ロシュディ・ゼム)。フランス流フィルム・ノワールの雰囲気いっぱいのこの映画は、110分という枠の中に実に多くの物語を要領よく詰め込んでいる。したがって、映画中盤に突然何の脈略もなく、2週間後の出所を控えて特別外泊の許可がシリアンに出されるシーンが登場すると、一瞬あなたも戸惑うはず・・・?
元情報屋のシリアンは「出てこなければきっと後悔するぞ」と言って、レオを呼び出したがそれは何のため・・・?また、約束の場所に現れたレオの車に乗り込んだシリアンが、「凶悪強盗犯についてのデカイ情報を与えるかわりに、30分だけ俺といてくれ」という提案を持ち込んだのは、一体何をするため・・・?
それは、自分を刑務所に送った男マルキュス・ゼルビブを殺害し、30分間のアリバイにレオを利用するためだった。結果的にマルキュス殺しの共犯となりかねない羽目に陥ったレオだったが、彼はそこでどんな選択を・・・?コトの是非善悪は別として、シリアンからの情報を基に強盗団のアジトを襲い、これを一網打尽にする計画を立てたレオは、シリアンの目論見どおりにうまくコトを進めていくかに見えたが・・・?
映画中盤に登場するこのシリアンという男がまちがいなくこの映画のキーパーソン。そして、レオの総指揮の下に強盗団のアジトを襲ったところから、この映画後半の物語がスタートすることに・・・。
<ライバル競争の転機となったのは・・・?>
恋のレースにおいても、仕事上の出世レースにおいてもライバルのドニに先行したうえ、部下たちの人望も集めていたレオだったが、それが一気に逆転したのは、あのシリアンによるマルキュス殺しの現場にいながら、1人だけ殺害されずに逃げ出した娼婦がいたこと。マルキュス殺しを調べていたドニがまず疑いの目を向けたのが、マルキュスによって刑務所に送りこまれたシリアンであったのは当然。そんな捜査の中、ある日警察の摘発を受けて逮捕されたこの娼婦が、偶然護送車の中からレオの姿を見たことによって、「あの日、あの時、シリアンと一緒にあの場所にいた男だ」と証言したから、さあ大変・・・。
レオは内務調査課の調査を受けることになったうえ、それを取調べる判事は警察官を日頃から毛嫌いしているルソー(フレデリック・マランベール)だったのがさらなるレオの不幸。シリアンの居場所を教えないレオに対するルソーの取調べは執拗に続けられた。
<カミーユとシリアンの密会の行方は・・・?>
そんな中、レオの妻カミーユには、秘かにシリアンから連絡が。レオからは「シリアンとは絶対に会うな」と言われていたものの、カミーユにしてみれば何とかしたいと思うのは当然・・・。しかし、この電話は既に手をまわしたドニによって盗聴されていたから、2人の密会はさらなる悲劇を呼ぶことに。すなわち、シリアンの言うとおり車を走らせながら、シリアンの話を聞こうとしたカミーユだったが、そこにはドニが指揮する数台のパトカーの追跡と待ち伏せが・・・。カミーユが警察にタレ込んだと誤解したシリアンは猛スピードでその追跡をふり切ろうとしたが、所詮車の運転はカミーユだから、シリアンの要求どおりの運転はムリ・・・。その結果、進路を遮られたカミーユ運転の車はシリアンを乗せたまま大きく横転し、遂に2人は・・・?
<2人の立場は完全に逆転!>
そんな無惨な結果を聞いたのは、シリアンの殺人の共犯とされ、既に収監されてしまったレオ。レオが告発した強盗団逮捕劇の際のドニの不手際は無責とされ、今やロベールの跡を継いでパリ警視庁長官となったドニと、懲役刑に服する立場になったレオの立場は完全に逆転してしまうことに・・・。さあ、最近珍しいフランス流フィルム・ノワール劇は、この後どのような物語が展開していくのだろうか・・・?
<あれから7年後・・・>
あれから7年後・・・。外部との連絡を絶ち、模範囚として刑務所内で過ごしたレオは、今やっと出所できることに・・・。しかし、レオが真っ先に帰っていくべき妻のカミーユはもはやいない。そこで出所後、まず最初にレオが訪れたのは、レオの友人マヌーの家。マヌーの夫クリストは既に死亡していたが、マヌーはレオを快く迎えてくれた。そして、少しずつ現在の状況を把握したレオが、「まだ物語は終わっていない。決着をつけなければ・・・」と言いながら、「銃が必要だ」という言葉に、マヌーが何も言わずに応じたのはやはり長年の信頼関係によるもの・・・。
また、レオが出所の2日後に訪れたのは、今は美しく大人の女性に成長したローラ(オロール・オートゥイユ)が通う学校。学校の門の前でローラを迎えたレオは、ローラからの「なぜ面会を拒否したの?」との質問に対して、「恐かったんだ。お前が帰っていく姿を見るのが恐かったんだ」と答えたが、これこそフランス映画の奥深さを示すセリフの1つ・・・?ここでもレオはローラに対して、「決着をつけた後、2人で遠くへ行こう」と約束したが、さてそんな約束は実現できるのだろうか・・・?
<モンタージュ理論とは・・・?>
ここでモンタージュ理論についてひと言・・・。
私が映画検定を受けるについて勉強した「モンタージュ理論」とは、全く別のショットをつなぐことによって、意味のある映像を意識的に作ることであり、ソ連のエイゼンシュテインやプドフキンが、これこそが映像の基本であると主張したとのこと。そしてそれを実践したのが、エイゼンシュテインが帝政ロシアに反旗を翻した水兵たちを描いた『戦艦ポチョムキン』(25年)。すなわち、オデッサの階段の上から赤ちゃんの乗った乳母車が転がり落ちていくシーンと、軍隊による民衆への弾圧シーンをつなぐことによって、サスペンス味を増幅するとともに、権力の横暴を強くアピールする効果を生んだと言われている(『映画検定 公式問題集』70頁参照)。このモンタージュ理論によれば、
①今日は、ドニがパリ警視庁長官に就任したことを祝う警察主催の夜会であることをレオが知るシーンと、
②それに向けてレオがマヌーに用意させた銃を手にして出かけていくシーン
を結びつければ、その予想できる結末は明らかになるはずだが・・・。
<結末の納得度は・・・?>
フランス流フィルム・ノワールとしてこの映画は一級品だが、残念ながら私はこの映画の結末には納得できないものが・・・。すなわち、そんなモンタージュ理論を頭に入れながらスクリーンを観ていると、遂に洗面所の中で鏡に向かうドニに対して、レオが銃を突きつけるシーンが登場。ところが、この映画はそれによってジ・エンド(フランス語ではFIN)にならないところがミソ。そして、その結末がどうも私には納得できないところ・・・。すなわち、レオは弾を詰め込んだ銃を洗面台に置いたまま、あるセリフを残して1人出ていくことに・・・。
他方、自らが主役である夜会に集まった人の間を抜けてレオを追ったドニがレオに投げかけた言葉は・・・?そして、そんなドニの頭に今度こそ本当に弾丸を撃ち込んだのは一体誰・・・?
こうなると、最後の最後に再びレオとドニの立場は完全に逆転・・・?レオは今、娘のローラと交わした約束どおり、列車に乗るべくある駅の中に・・・?
2007(平成19)年1月9日記