アルゼンチンババア(日本映画・2006年) |
<梅田ピカデリー>
2007年3月25日鑑賞
2007年3月27日記
題名がけったいなら、鈴木京香や役所広司の行動・セリフもヘン。さらに広い草原に忽然と立っているアルゼンチンビルも異様。まともなのは堀北真希だけ・・・。というのが一般的視点だが、どちらがより自然で人間的なのかは、この映画をみれば明らか・・・?喪失と再生という難しいテーマを、いかにも、よしもとばなな風のメルヘンタッチで見せる映像は十分な楽しさと説得力が・・・。
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監督・脚本:長尾直樹
原作:よしもとばなな『アルゼンチンババア』(幻冬舎文庫刊)
涌井悟(墓石彫り職人)/役所広司
涌井みつこ(悟の一人娘)/堀北真希
涌井良子(悟の妻)/手塚理美
アルゼンチンババア、ユリ/鈴木京香
滝本早苗(悟の妹、スナック「楓」のママ)/森下愛子
滝本信一(早苗の息子)/小林裕吉
向井守(マッサージ師見習い)/田中直樹
白井順三(うなぎ料理店「白井屋」店主)/岸部一徳
伊勢賢二(酒店店主)/渡辺憲吉
大木戸哲(テイラー)/菅原大吉
犬塚幸吉(まちの警察官)/きたろう
松竹、キネティック配給・2006年・日本映画・112分
<市街化調整区域に3階のビルは・・・?>
この映画の舞台は特定されていないが、涌井みつこ(堀北真希)が住む小さなまちとその郊外にある広い草原の中に建つアルゼンチンビルが舞台。この映画のエッセンスであり、映画の成否のカギを握るのは第1に、アルゼンチンババアのキャラ、そして第2にアルゼンチンビルの姿。そこで前者は次項で述べ、ここでは後者のみを・・・。
私は都市法をライフワークとし、2003年に『わかりやすい都市計画法の手引き』を出版、そして今年7~8月には『建築基準法の読み解き方ー実践的弁護士の視点から』(仮題)を出版する予定。日本の都市法では、①市街化区域と市街化調整区域の線引き、②住居地域・商業地域・工業地域等の地域地区、そして③容積率・建ぺい率を定めた建築基準法の集団規定によって、どの土地にどんなボリューム(広さ・高さ)の建築物を建てることができるかが決まることになっている。そのため、東京駅前には超高層ビルを建てることができるが、田園調布の閑静な高級住宅地には2階建てしか建てられないわけだ。
スクリーン上で観る、みつこが住む小さなまちの郊外にある広い草原風景は、市街化調整区域に違いない区域。そうだとすると、都市計画法34条が定める市街化調整区域の開発許可の例外に該当しなければ開発許可が下りないため、この映画に見るような3階建てのアルゼンチンビルの建築は不可能なはず・・・。
こんな視点でこの映画を観る人は少ないだろうが、不動産屋さんや建築の仕事に携わっている人々にとっては、このことは常識。もっとも、そんなつまらない法律論(?)や現実論に立つと、この映画がもつメルヘンチックな不思議な魅力を感じられなくなる恐れがあるので、この映画についてはそんな視点は封印した方がベターかも・・・?いずれにしても、このアルゼンチンビルの面白さに注目!
<アルゼンチンババアを誰が・・・?>
独自の世界観を示した、よしもとばななの原作『アルゼンチンババア』を映画化するについては、アルゼンチンババアことユリを誰が演じ、どんな風貌で登場させるかが最大のポイント。その役が鈴木京香に決定したのは、長尾直樹監督のご指名らしいが、対立候補の存在やその取捨選択過程という舞台裏についてパンフレットは何も記載していないから、その点が少し不満・・・。ただ、「この映画はファンタジーでもあるので、その部分を守るには、鈴木さんのように原作の年齢よりも若い女優さんにババアに化けてもらう必要がありました。」という監督の狙いは、まさに鈴木京香によって100%実現することに・・・。したがって、上映終了後あちこちから聞こえてくるのは、「えらくきれいなアルゼンチンババアだったね」という感想ばかり・・・。
<アルゼンチンババアのキャラは・・・?>
アルゼンチンババアのキャラのポイントは、明るさ、強さ、温かさ、そして自然との調和。他方、外面のポイントは、長い髪とフリルのいっぱいついたメルヘンチックな洋服・・・?ここで面白いのは、ユリが自分の生い立ちをみつこに告白するシーン。なぜユリが今一人でアルゼンチンビルに住んでいるのか、そしてみつこの父悟(役所広司)がなぜそのビルの中でユリと共に生活しているのか、そんな疑問を持つことがこの映画への興味の出発点・・・。
こんなアルゼンチンババアのキャラが形成されていた事情については、パンフレットにある「知られざるユリ一族の履歴」をしっかり勉強してもらいたいものだが・・・。
<役所広司はさすが万能役者・・・>
アルゼンチンババアのキャラはメチャ濃いが、愛する妻良子(手塚理美)がガンで亡くなったことを受け入れられず、その葬儀も供養もほったらかしたまま、一人娘みつこの前から姿を消してしまう無責任男涌井悟のキャラもかなり濃いもの。悟の仕事は墓石彫りだから、職人気質で頑固なのは仕方ないが、半年後にやっと所在のわかった父親のもとを訪れたみつこに対し、意外にも元気そうな顔で「ヨッ」と片手をあげながら声をかけてきたのはいかがなもの・・・?悟が今やっているのは、アルゼンチンビルの屋上での曼荼羅づくりとのこと・・・?そりゃ一体ナニ・・・?そしてまた、そりゃないよ・・・。
小さな町でスナック「楓」を営んでいる妹の早苗(森下愛子)とその息子信一(小林裕吉)、うなぎ料理店「白井屋」の店主順三(岸部一徳)、テイラーを営む哲(菅原大吉)、さらに町の警察官(きたろう)たちの心配もそっちのけで、我が道をつき進む悟は、かなり変なヤツ・・・?そんな変わったキャラを説得力たっぷりに表現している役所広司は、さすが万能役者・・・。
<女子高生の心にもマッサージが・・・>
父親が失踪したまま母親の葬儀を終えたみつこは喪失感でいっぱい。高3の女の子にこんな試練を与えるのは少し酷だと思うのだが、みつこは一人じっと耐えていた。そんなみつこのくたくたに疲れ果てた肉体と精神を解放してくれたのは、なんと回生堂治療院というマッサージ店。といっても店は既に終了しており、マッサージ見習いの向井守(田中直樹)しかいなかったが、マッサージそのものの効用よりも、守の優しい対応がみつこには効いたよう・・・。
その後、この回生堂でアルバイトをするようになったみつこは、少しずつ元気を取り戻していったから、ひょっとして守との間にロマンスが・・・?そんな興味をもって観ていたが、こちらは意外な展開へ・・・。まあ、こちらのストーリーはサブストーリーだからそんなもの・・・?
<みつこはえらい!>
アホバカ大学生による犯罪の多発、中・高校生の非行の凶悪化など、日本の青少年をめぐる犯罪・非行は悪化の一途をたどっている。そんな時代状況の中、悟の一人娘で今高校3年生(?)のみつこは実にしっかり者・・・。ガンで入院している母親が自ら命の綱となっている管を引き抜き、鼻血を出しながらベッドの上で死にかかっている姿を見ただけでもショックだが、その後延々と続けられる延命治療の様子を観ていると、観客の私ですら「もういいだろう」と思うようなもの。したがってみつこが、「もうやめて、お母さん死んで・・・」と思ったのは当然・・・。
また、母親の葬儀も供養もしないまま父親が失踪してしまうなどという話は聞いたことがない。それじゃ、一人残された娘は一体どうすればいいの・・・?ところがみつこは、悲しいとき、くやしいときは、涙をこらえながらパンをこね、一生懸命生きていた。このパンづくりに燃やす執念は、墓石彫り職人の父親の血を受け継いだものだろうが、一人健気に懸命に生きているみつこはえらい!
<こんな墓石があったら・・・?>
母親が元気だった頃の涌井ファミリーの思い出は、イルカの島で過ごした楽しい日々。悟がアルゼンチンビルで生活していることを知った早苗たちは、あの手この手で家に連れ戻そうとするが、悟がアルゼンチンビルでユリと一緒に生活しているのは、あくまで自分の意志によるものだから始末が悪い。そこで考えついた一案は、墓石彫り職人の悟に、良子のお墓を彫らせたら、元の悟に戻るのではないかということ。そこで立派な御影石を用意してアルゼンチンビルまでこれを届けたのだが・・・。
そこから起こる面白い物語はスクリーン上で確認してもらいたいが、やっと墓石を彫る決心をした悟が、何日もかけて彫りあげたお墓の形が面白い・・・。それは一体どんなお墓・・・?また、その墓石を車の荷台に乗せて一路悟が向かった先は、一体どこ・・・?思い出の場所でご対面となった父と娘が、亡くなった母親に捧げたものは・・・?こんな、原作にはないストーリーが美しい映像の中で展開されていくので、是非注目を・・・。
2007(平成19)年3月27日記