今夜、列車は走る(アルゼンチン映画・2004年) |
<東映試写室>
2008年3月17日鑑賞
2008年3月18日記
郵政民営化の功罪は?道路特定財源の一般財源化は?迷走し続ける日本の政治は、アルゼンチンの国鉄分割民営化の問題点から何かを学べるかも・・・?民営化による大量失業の中、人間は生きる術を失ってしまうのか?現実に起きたシリアスな問題提起と、「出口はきっとある!」という力強いメッセージを、しっかりと受け止めたいが・・・。
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監督・脚本:ニコラス・トゥオッツォ
カルロス(元鉄道員、アンヘルの弟)/ダリオ・グランディネティ
スサーナ(カルロスの妻)/メルセデス・モラン
ブラウリオ(元鉄道員、修理工)/ウリセス・ドゥモント
ゴメス(元鉄道員、カルメンと長年つき合っている男)/オスカル・アレグレ
アティリオ(元鉄道員、独り者の男)/バンド・ビリャミル
ダニエル(元鉄道員、喘息の息子をかかえる若い男)/パブロ・ラゴ
カルメン(娼婦)/ルクレシア・カペーリョ
アンヘル(自殺した組合の代表者)/
アベル(アンヘルの息子)/
ラウラ(カルロスの娘)/
ホアン(ラウラのボーイフレンド)/
2004年・アルゼンチン映画・110分
配給/Action Inc.
<円高、株安パニックの日に、この映画を・・・>
2008年3月17日(月)、円高が一気に進み、一時1ドル95円台になるとともに、株も大幅安となり、日経平均の終値は1万2000円を割り込んだ。これはアメリカに端を発したサブプライム問題の影響もあるが、福田政権のあまりの策の無さと改革後退の姿勢にあることは明らかだ。小泉改革による郵政民営化の賛否はいろいろだが、私はそれに大賛成。また、現在の大きな論点である、道路特定財源の一般財源化も当然やるべき政策だ。
そんなスタンスでいたところ、アルゼンチンにおいて展開された、1991年以降の(国有)鉄道の分割民営化によって赤字路線が廃止され、自主退職が推奨される中で、ボロボロにされた鉄道労働者たちの姿を描いた、こんなショッキングな映画を鑑賞することになった。繁栄を誇った経済大国ニッポンが没落しようとし、急激な円高、株安ショックに見舞われた日にこんな映画を観たのも何かの因縁・・・?
<1989年以降のアルゼンチンのお勉強を!>
プレスシートには、「すべての人々に捧げる 5人の鉄道員とその家族の物語」の<時代背景>がA4サイズで1頁の中にうまく要約されている。そのポイントは、
①1946~48年に鉄道を国有化したアルゼンチンは鉄道大国だった。しかし、1991年からの分割民営化で6万人が失業したが、これは1989年に就任したメネム大統領の政策。
②スーパーインフレから立ち直るためため1ドル=1ペソの固定相場を打ち立て、親米的立場で規制緩和を続け、鉄道、石油、郵便、電気、ガス、水道を次々と民営化した。
③これによってインフレは抑制され、「新自由主義の優等生」と言われたにもかかわらず、1995年以降失業率の上昇、貧富の格差の拡大、経済の悪化が進み、1999~2001年にかけて政権が不安定となった。
④そして、この映画が製作された2004年当時の5人の主人公たちの生きザマは・・・?
それをこの映画でじっくり確認するとともに、その後さらに4年経った2008年のアルゼンチンのお勉強もじっくりと・・・。
<日本の国鉄民営化は成功したのに・・・?>
私は3月18日、日帰りで新横浜へ出張したが、これは3月15日に大幅に改正された新時刻表にもとづくもので、「のぞみ」がさらに快適になっている。このように、日本では中曽根内閣によって1987年に実現した国鉄(日本国有鉄道)の民営化は、現在の姿を見れば大成功で、これが郵政民営化の1つのモデルになったはず。ところが、アルゼンチンの鉄道員たちは、民営化によってなぜこの映画で描かれているような悲惨な目に・・・?
小泉改革による格差の拡大に対して、さかんにセ-フティーネットの構築が叫ばれたが、アルゼンチンではそれが不足していたの・・・?それとも、その他の政策の失敗によるもの・・・?
この映画からそんな政策の是非を読み解くことはできないが、この映画が鉄道の民営化によって生まれた失業者たちの姿を赤裸々に描いた問題提起作であることは明らかだ。円高、株安の他、政策不在の迷走する現在のニッポンでこそ、こういう映画から学ぶべきことが多いのだが・・・。
<冒頭シーンは・・・?>
この映画の冒頭は、雨が降っているアルゼンチンのある田舎町の中を、10代の男の子アベルとカルロスの娘ラウラそしてそのボーイフレンドのホアンが走っているシーン。アベルの口からは「運命は変えられるのか?」という声が。さて、このシーンはどんな意味をもっているの・・・?
これだけではわからないが、この冒頭はすごく暗示的なシーン。この映画は暗い題材を生々しく描いているから、それだけでは観客はみんな絶望していくだけ。したがって、映画としては観客に何らかの希望を与えなければ・・・。そう考えた(?)ニコラス・トゥオッツォ監督は、「出口はきっとある」をテーマとして、映画のラストに再びこの3人を登場させ、彼らに大きな役割を果たさせているから、それに注目!
<労使対決は?組合の方針は?各自の決断は?>
民営化された鉄道会社は経営を成り立たせることが第1の課題だから、赤字路線を廃止するのは当然。また、路線が短くなり労働者が余ってくれば、クビ切りあるいは自主退職を促すのも当然。そんな労使対決の姿は・・・?それに対する組合の方針は・・・?そして、各自の決断は・・・?1991年から始まった分割民営化路線の中、そんな議論があちこちで展開されたのは当然だ。
「どんなに闘っても、運命を変えることはできない」との遺言を残して、ピストル自殺を遂げたのは、組合代表のアンヘル。その跡を継いで新たな代表となったアントニオは、このタイミングを逃すと補償金も取れなくなると組合員たちに自主退職を促したが、この方針をめぐって組合員たちは喧々諤々の議論を。しかし、何の光明も見えない中、議論は混乱し、つかみ合いのケンカまで。
<主人公は5人の鉄道員たち>
この映画はドキュメンタリーではなく、劇映画。また、主人公は年代も家族構成も違う5人の鉄道員たち。したがって、彼らの生きザマと死にザマを描くことがこの映画のメインだが、たしかにこの映画を観ていると、彼らに職を与えることができず、その中の1人を強盗犯にしてしまったのは、国の政策の失敗にあると考えざるをえない。彼らの生きザマと死にザマをしっかりと味わってもらうために、5人の主人公たちのそれぞれについてワンポイントだけ紹介しておこう。
①自殺したアンヘルの弟がカルロス(ダリオ・グランディネティ)。カルロスには妻スサーナ(メルセデス・モラン)と娘がいるが、退職後まともな仕事につくことができず悶々とした生活を送るのはかつての同僚たちと同じ。彼はゴメス(オスカル・アレグレ)がスーパーに強盗に入ったことを知るや、矢も盾もたまらずテレビに出演し、自主退職を余儀なくされた鉄道労働者たちの心情を全国民に語りかけることに・・・。
②天涯孤独で太っちょ男ゴメスは自主退職に絶対反対の立場だったが、やむなくサイン。彼の長年の友は娼婦のカルメン(ルクレシア・カペーリョ)。そして彼の口グセは「いつか金持ちになる」というものだった。しかし、「それはもうムリだ」と言いながらおカネを払うゴメスに対して、カルメンはそっとおカネを彼のポケットに・・・。そんなゴメスが遂に決断したのが、スーパーへの押し込み強盗。その結果、彼は・・・?
③独り者のアティリオ(バンド・ビリャミル)は、車を持っていたため、退職後それを活用してスーパーの配達員の仕事にありつけたからラッキー。しかしある日、大型テレビを運んだ先は、アンヘルの跡を継いで組合代表となったアントニオの家。アントニオは、「豪華な家に住んでいるのは、妻が美容で儲けたから」と主張(弁解)したが、実はそれは真っ赤なウソ・・・?それによって、怒り狂ったアティリオがとったその後の行動は・・・?
④喘息の子供をかかえたダニエル(パブロ・ラゴ)は、仕事がなくなった後妻との仲もギクシャクだが、ある日妻に黙って銃の訓練を始めたからビックリ・・・。
⑤ブラウリオ(ウリセス・ドゥモント)は修理工だから、退職後も修理工場を守り抜こうとした(?)が、1人心筋梗塞で倒れている姿をアティリオによって発見されることに・・・。
<後半のドラマは、全国民が注視するテレビの中で・・・>
ゴメス「一味」はアティリオの運転する車でスーパーの前まで乗りつけ、アティリオを帰すと拳銃を振りかざしながらスーパーの中へ。面白い(?)のは、このスーパーに警備員として雇われていたのが、腰に銃を下げたダニエルだったこと。
さっさと現金を集めてずらかればいいのに、そこは素人の悲しさ。手際よく手順が進まないうちにスーパーが警察官に包囲されてしまったから、ゴメスたちはやむをえず客を人質にして籠城することに。すると、そんな姿はたちまちリアルタイムでテレビニュースとして流れることに。そんなニュースを観たカルロスは矢も盾もたまらずテレビ局に駆けつけ、失業した鉄道員たちの思いをぶちまけたから、スーパー内ではゴメスとダニエルがじっとカルロスの解説を注視することに。しかし、そんな小康状態がいつまでも続くはずはなく、全く無防備な姿をさらしていたゴメスは、狙撃手によってあっけなくアウト。あとは事態の収集を待つだけだ。
1972年2月28日に起きたあさま山荘事件はリアルタイムで長時間テレビ放映されたが、この程度のスーパー強盗がこんなに長い時間枠で放映されることは現実にはありえないが、映画づくりの手法としては斬新で面白い。ゴメスのかつての同僚たちやアルゼンチン国民と共に、私たち日本の観客もリアルタイムでテレビニュースを見ながら彼らの思いを実感することができるはずだ。
<子供たちは何を・・・?>
ここ約10年間、アメリカの衰退(ドル安)とヨーロッパの強さ(ユーロ高)が目立っているが、都市づくりや環境(CO2)対策においても、ヨーロッパ各都市の取り組みの進歩が目立っている。その1つが都市部への車の乗り入れ規制とLRT(Light Rall Transit)の活用だ。日本でも次々と廃止されていった市電をLRTの形で復活しようとする動きが広がっているが、その成功例は富山市などごく一部だけ。
冒頭に登場した3人の10代の男女たちが、こんなヨーロッパの都市政策を学んだわけではないが、今彼らははっきり何かをやろうとしていた。つまり、自分たちが鉄道員の息子であり娘であることを前提とし、その誇りを取り戻すために立ちあがったわけだが、さてその行動とは・・・?
警察官に取り囲まれたスーパーの様子はテレビで実況中継されていたが、そのテレビカメラがとらえた彼らの行動とは・・・?この感動的なシーンを観ることによって、「出口はきっとある」、そんなメッセージをあなたにもしっかりと受け止めてもらいたいものだ。もっと大切なことは、あなたの置かれた時代状況や立場の中で、あなたも彼らと同じように、出口を見つけるべく行動をおこすこと。今の迷走するニッポンでこそ、そういう行動が必要なはずだ。
2008(平成20)年3月18日記