弾突 DANTOTSU(アメリカ映画・2007年) |
<ユウラク座>
2008年9月20日鑑賞
2008年9月22日記
1988年の主演第1作から20年!そんな節目の年の作品として彼が選んだのは、『沈黙』シリーズではなく、汚れ役。「闇の正義」にカネで使われる中で、揺れ動く彼の正義とは・・・?また、彼の最後のターゲットとなる、アッと驚く相手とは・・・?セガール映画を楽しむコツは、細かいことを考えないこと。真っ白な心境でスクリーンに臨めば、きっとセガール映画の楽しさと「セガール拳」の極意が見えてくるはず・・・。
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監督:ロエル・レネ
マット(元警察官)/スティーヴン・セガール
殺しを依頼する老人/ランス・ヘンリクセン
リズ(マットの離婚した妻)/ブランチャード・ライアン
ブルー(老人の部下、マットの監視役)/ポール・カルデロン
ドレア(マットの恋人)/レニー・エリス・ゴールズベリー
2007年・アメリカ映画・100分
配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
<20年の区切りに選んだのは?>
スティーヴン・セガールが「セガール拳」と称される独自の格闘技ではじめて主演デビューしたのが、1988年の『刑事ニコ/法の死角』。今年はそれから20年。つまり、セガールの主演生活20年の区切りというわけだ。
そんな区切りの作品として彼が選んだのが『弾突 DANTOTSU』だが、『沈黙』シリーズにおけるカッコいい役と異なり、今回は汚れ役。さて、セガール演ずる主人公マットとはどんな男・・・?
<特技さえあれば、仕事はあるが・・・>
ストーリー展開の中で少しずつ明らかになっていくのは、①マットは元警察官であること、②ところが、身に覚えのない冤罪によって警察官をクビにされたこと、③以降酒とギャンブルに明け暮れる生活を続けたため、妻のリズ(ブランチャード・ライアン)と離婚したことなど。今でもマットは一人娘を心から愛しているが、そんな思いとは裏腹に今日もカジノでポーカーに明け暮れていた。しかし今日もツキに恵まれず、2万ドルの借金を背負い込むことに。
こんなボロボロのマットだが、類まれな格闘能力のおかげで仕事の注文はあるもの。もっとも、これは元警察官がヤクザの用心棒に収まったり、ヤメ検がヤクザの依頼を受けて顧問弁護士になったりするようなもので、依頼者のスジは必ずしも良くない可能性が高い・・・?
<「闇の正義」とは?>
警察が常に正義を実現してくれれば問題はないが、そう理想どおりにいかない世の中で、いつの時代にも存在するのが「闇の正義」。藤田まこと演ずる『必殺仕事人』がその典型だし、『DEATH NOTE(デスノート)』(06年)におけるキラこと夜神月もそれ。
しかして、この映画におけるそれが名前を明かさないちょっと不気味な(?)老人(ランス・ヘンリクセン)であり、その部下でマットの監視役となるブルー(ポール・カルデロン)。老人からの依頼(指令?)を受けて殺すべきターゲットがホントに悪人だと納得できればマットも仕事がやりやすいし、そのうえで報酬を貰えれば万々歳。私ならそう思うが、さてマットは・・・?
<誰が悪?誰が正義?>
世の中がすべて二分法で割り切れればやりやすい。例えば警察官はすべて善で、ヤクザはすべて悪。また、単純なスローガンや理念を何の疑いもなく信用できればコトは簡単。例えば、弁護士は正義の味方。しかし、現実の世の中は複雑だから、そう簡単に割り切ることはできず、誰が悪で誰が正義かわからないから大変。例えば、5氏が立候補した自民党総裁選挙における各候補者のアピールぶりを見ても、何がホントで何がウソかを見抜くのは大変・・・。
マットが老人から最初に殺しの依頼(指令?)を受けた男は、たしかに誰が見ても悪人だったが、依頼回数が増えるにしたがって、次第に誰が悪で誰が正義かわからないことに。さらに、ある日謎の美女ドレア(レニー・エリス・ゴールズベリー)が登場して、マットと一夜の情交を交わすのだが、これはホントの愛、それとも仕事がらみ?その後、ドレアも老人の部下だとわかったマットの頭は混乱するばかり・・・。
<最後のターゲットは?クライマックス対決は?>
マットの離婚した元妻リズは、その後マットの同僚の警察官と子連れで再婚していた。彼はマットが冤罪事件に巻き込まれた「あの事件」で、偽証をしてまでマットを救ってくれた恩人。したがって、老人からの最後の指令が彼と知ったマットはビックリ。もっとも、マットは頑なに彼が善人だと信じているようだが、事態の推移を客観的かつ冷静に見つめていると、それは・・・?
1週間前の9月13日に同じユウラク座で観た香港発のポリスアカデミー映画『インビジブル・ターゲット』(07年)でも、凶悪犯人と内通している悪徳警察官は警察の大幹部だったから、ひょっとして『弾突』における悪い奴は今班長となっているマットの元同僚・・・?さて、老人からの最後の指令は、ホントに「闇の正義」を実現させるもの?それとも?
そんな中、最後のクライマックスは・・・?
<セガール映画の楽しみ方、3つの鉄則は?>
私が思うに、セガール映画の楽しみ方には鉄則はいくつかある。第1は、「つまらん屁理屈を言うな」という鉄則。例えば、この映画でマットは右肩を銃弾で撃たれ、ブルーから「治療しなければ・・・」と言われているのだが、いつの間にかそんな大ケガは忘れたかのように次々と格闘技をくり出していく。しかし、そこで「大ケガをしているのに、なぜそんな技がくり出せるの?」と屁理屈を言うのは厳禁。
第2は、セガールはもともと寡黙だから、今日本で不祥事件が起きるたびに問題となる「説明責任」を彼に求めるのはムリという鉄則。この映画でも、マットは何の説明もないまま神出鬼没ぶりを見せるから、あまり細かく彼にその説明を求めてもそれはムリというもの。
第3は、セガール拳は絶対にピストルよりも強く、またセガールには絶対弾丸が当たらないことを当然の前提として認めること。セガール映画にはいつも後方から銃を突きつけられても、そこから逆転する勇姿が登場する。考えてみればこれは、後から声をかけるために逆転が起きるわけだから、声をかけないままズドンと銃を発射すればセガールだって不死身ではないはず。しかし、アクションヒーローは不死身という前提を認めるのは、映画ファンとして当然の約束ゴト・・・。
<セガール映画の楽しみ方、第4の鉄則は?>
鉄則の第4は、「あまり細かくストーリー展開を詮索するな」ということ。私の映画評論の普通のレベルでは、マットの元同僚の名前や愛娘の名前をきちんと表示することはもちろん、パンフレットに書いてあることの数倍の前提事実をきちんと整理しているのだが、この映画のパンフレットではそれらのデータが不明。さらに、ストーリー紹介もわずか4行だけしかないから、ストーリーについて自分の理解が正しいかどうかの検証も不可能。それはネットを調べても同じ。
つまり、スティーヴン・セガール映画を楽しむには、ストーリーの細部や登場人物の名前などにこだわってはダメだということ。大筋を頭に入れたうえ、とにかく不死身のスティーヴン・セガールの格闘技を楽しめばいい。それが、第4の鉄則だ。
2008(平成20)年9月22日記