容疑者Xの献身(日本映画・2008年) |
<TOHOシネマズなんば>
2008年10月5日鑑賞
2008年10月10日記
4人の日本人がノーベル賞を受賞!そんな朗報を聞けば、ガリレオだって・・・?他方、彼のような天才物理学者が登場しなければ、天才数学者のアリバイ戦略は奏功していたかも・・・?来るべき第21期竜王戦における羽生VS渡辺対決と同様、湯川VS石神両天才の対決に注目!そして、劇場版ならではの謎解きと、アリバイのトリック崩し完成後の人間ドラマに涙してみては・・・。
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監督:西谷弘
原作:東野圭吾『容疑者Xの献身』(文藝春秋刊)
湯川学(帝都大学理工学部物理学科の准教授、変人ガリレオ)/福山雅治
内海薫(貝塚北署の刑事)/柴咲コウ
草薙俊平(警視庁の刑事、湯川の友人)/北村一輝
花岡靖子(慎二の離婚した妻)/松雪泰子
石神哲哉(靖子の隣に住む高校教師、天才数学者)/堤真一
工藤邦明(靖子のホステス時代の得意客)/ダンカン
富樫慎二(靖子の離婚した夫)/長塚圭史
花岡美里(靖子の娘)/金澤美穂
栗林宏美(湯川の助手)/渡辺いっけい
弓削志郎(貝塚北署の刑事、内海の先輩)/品川祐(品川庄司)
城ノ内桜子(大学の付属病院に勤務する監察医)/真矢みき
2008年・日本映画・128分
配給/東宝
<映画と若者とポップコーンの密着度を久しぶりに>
2008年の邦画界も、宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』(08年)の大ヒットによって東宝の一人勝ちの構図は揺るぎそうもない。08年10月4日に公開された『容疑者Xの献身』も、『HERO』(07年)に続く「月9ドラマ」の映画化だから大ヒットの予感がしていたが、10月5日の日曜日久しぶりにTOHOシネマズなんばに行くと、予想どおり直近の上映時刻のチケットは完売とのこと。もっとも、この手の若者目当ての映画はほとんどがカップルで来ているから、1人だけの席ならポチポチ空いているようで、1番前の端っこの席に5分前に入館。
この映画は別の予定が入っていたため試写を見逃していたのだが、やはり観ておかなければと思い、久しぶりにTOHOシネマズなんばへ行ったもの。予想どおり観客は99%が若者ばかり。また例によって(?)、隣りのアベックは大きなポップコーンを抱えて予告編上映中にノソノソと入ってきて座り、上映中ずっとポップコーンを。文句も言えないのでジッと我慢していたが、若者で満席の映画館に入ると、映画と若者とポップコーンの密着度を久しぶりに。しかし、こんな鑑賞風景が当たり前になっていって、ホントにいいの・・・?
<本業に専念すれば、ガリレオも5人目のノーベル賞候補に?>
ノーベル物理学賞を南部陽一郎、小林誠、益川敏英の3氏が受賞したというビッグニュースに続いて、ノーベル化学賞を下村脩氏が受賞したというニュースが飛び込んできたため、10月8日~9日の新聞はこの喜びと株価大暴落の失望という2大ニュースでもちきりとなった。
『容疑者Xの献身』は、福山雅治主演で「月9ドラマ」として放映された「ガリレオ」シリーズを、『県庁の星』(05年)に続いて西谷弘監督が劇場版として映画化したもの。したがって、その主人公は福山雅治扮するガリレオこと天才物理学者の湯川学。しかし、この映画では天才数学者の石神哲哉(堤真一)に実質上の主役を譲っている感が強い。しかし、ガリレオだってこの映画でみせるような犯罪の謎解きに熱中せず、大学内での研究に専念すれば、南部、小林、益川、下村に続いてノーベル賞候補になりうる才能を持っているのでは?
湯川学がこの映画でみせる見事な謎解きの姿をみれば、そんな感を強くするのだが・・・。
<柴咲コウより松雪泰子の方がウエイトが大>
「月9ドラマ」では貝塚北署の女刑事内海薫(柴咲コウ)はレギュラーだから、シリーズの中で彼女のウエイトは大きい。しかし、劇場版は1回こっきりのストーリーだから、『容疑者Xの献身』では、柴咲コウより花岡靖子を演ずる松雪泰子の方がウエイトが大。
靖子は一人娘美里(金澤美穂)と一緒に住みながら念願の弁当屋「みさと」を開店し、イキイキと働いている女性。『フラガール』(06年)で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した松雪泰子が、『容疑者Xの献身』では娘と共に石神哲哉の指示に忠実に従いながら、最後には「容疑者Xの献身」に戸惑う、ごく普通の主婦花岡靖子役を存在感たっぷりに好演。
<堤真一が、中禅寺秋彦とは異質の天才役を静かに熱演!>
堤真一はどんな役でも対応できる名優。例えば、①『舞妓Haaaan!!!』(07年)では、真っ昼間から祇園のお茶屋でお座敷遊びにうつつを抜かしている、大阪弁丸出しでちょっと行儀の悪い年俸8億円の花形プロ野球選手(『シネマルーム13』179頁参照)、②『ALWAYS 三丁目の夕日』(05年)、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(07年)では、六子を雇い入れ、茶川竜之介のケンカ相手となる鈴木オートの店主鈴木則文(『シネマルーム9』258頁、『シネマルーム16』285頁参照)、③『クライマーズ・ハイ』(08年)では、1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故の取材に、北関東新聞社の全権デスクとして取り組む熱血記者悠木和雅(『シネマルーム19』269頁参照)、と多彩な役を演じていたが、これらはすべて熱血漢タイプ。
それに対して、彼の理知性を際立たせていたのが『姑獲鳥の夏』(04年)(『シネマルーム9』393頁参照)や『魍魎の匣』(07年)(『シネマルーム16』159頁参照)における中禅寺秋彦役。その博識ぶりはちょっと嫌味なくらいだが、その論点整理力、分析力、推理力、解説力、弁論術等はすばらしく、その存在感は圧倒的。
そんな堤真一にとって、『容疑者Xの献身』の天才数学者石神のようなキャラはきっとはじめて。だって、石神は靖子への思いをあくまで内に秘め、靖子の救出のために全知能を傾け献身するという内面的な男なのだから。多弁な中禅寺秋彦と違って、トツトツとしゃべる石神はセリフは多くないが、言葉よりも目や表情の方が強く訴えることができることもある。名優堤真一が、そんな石神役を静かに熱演!
<「事件」の勃発は?事件のポイントは?>
「事件」は、離婚した後も執拗に付きまとっていた元夫の富樫慎二(長塚圭史)が靖子の住所を探り当てて訪れてきたところからスタートする。学校から帰ったばかりの美里は、金を要求し今後もヒモとして付きまとうと宣言する慎二と靖子の言い争いを我慢しながらじっと聞いていたが、帰ろうとした際美里が慎二の頭部をある置物で殴打したから大変。たちまちそれに反撃し暴れ回る慎二を母娘2人で取り押さえようとしたが、それに伴って靖子は電気こたつのコードで慎二の首を強く絞め、美里はコードを取り払おうとする慎二の手を必死で押さえつけたから、こりゃ完全に2人の共同正犯による殺人。もっとも、これは正当防衛(過剰防衛?)の可能性も十分あるから、すぐに警察に通報すれば自首減刑を含めて、それほど重い罪にはならず、いい弁護士がつけば不起訴処分となる可能性も十分ある事案。
もっとも、それでは映画としては何の面白みもないからダメ。そこでポイントとなるのは、この世に絶望して自殺を試みていたのに、隣に引っ越してきた靖子と美里の明るい笑顔によってそれを踏み止まった石神の存在。すなわち、隣室の騒動に気づいた石神が、なぜかそこで「すべて僕に任せなさい」と言ったこと。さあ、天才数学者石神はなぜそんなおっせかいな行動を?そしてまた、石神が考え出した靖子と美里の救出のための計画とは?
<持つべきものは友達!>
自由な時間がたっぷりある大学時代は誰でも友人を作りやすいが、この映画を観ていると「持つべきものは友達」ということがよくわかる。だって、貝塚北署に在籍していた草薙俊平刑事(北村一輝)が警視庁本庁に栄転できたのは、帝都大学時代の同期の友人である湯川の協力によって難事件をたくさん解決できたため。しかも、草薙が偉いのは、湯川が美人に弱いことを知った上で、自分の後輩の女刑事内海を湯川のもとにたびたび相談に行かせていること。
内海は正義感あふれる熱血刑事だが、感情を優先するタイプ。したがって、内海は本来、感情を排し理論的に分析する湯川とはウマが合うはずがないのだが、そこは男と女・・・。そんな草薙と内海、そして湯川と内海の面白い掛け合いがこの映画のみどころの一つ。湯川の助手の栗林宏美(渡辺いっけい)などは、何かあると湯川に頼ってくる草薙刑事を嫌っているのだから、草薙の立場に立てば、やはり持つべきものは友達・・・。
<「アリバイ崩し」が醍醐味だが・・・>
アガサ・クリスティや松本清張をはじめとする推理小説でも、また金田一耕助探偵が大活躍する探偵ものでも、最大の醍醐味は「アリバイ崩し」。だって、犯行現場にいなかったことが立証されたのでは、「犯人はお前だ」と絶対言えないのだから。
全裸で指紋もすべて焼かれ、顔も鈍器のようなもので潰された被害者が、意外に早く富樫慎二、39歳と判明したのは、①最後に富樫が宿泊していた旅館からの盗難届け、②旅館の室内から採取した毛髪のDNA、③死体発見現場に乗り捨てられていた盗難自転車に付着していた指紋、等によるもの。他方、死亡推定時刻が12月2日の午後6時から10時の間であることは解剖の結果明らかに。
そんな中、富樫が靖子の住所を探していたことによって第一容疑者とされた靖子のもとを草薙と内海が訪れ、12月2日の夜の靖子のアリバイを尋ねると、靖子は娘の美里と共に映画館に行き、食事をし、カラオケに行ったとのこと。その裏を取ってみると、これがいかにも完璧。パンフレットをみせてもらうと、そこに挟まれた半券まで偶然に発見される始末。これほど完璧なアリバイを、一体誰がいかにして崩すことができるのだろうか?
<天才同士の知恵比べをたっぷりと>
こんなアリバイは到底崩せないと泣きつき、打開策を求めた内海に対して湯川は「アリバイなんて科学とは何の関係もない」と突っぱねていたが、内海から①容疑者である靖子が美人であること、②隣人が帝都大学出身者の石神哲哉であることを聞いた湯川は突然態度を変え、興味を示し始めたが、それは一体なぜ?そしてその数日後、湯川が一人で石神の部屋を訪れ、2人が17年ぶりに再会したところから、この映画の推理ドラマは天才同士の知恵比べに移行していくことに・・・。
いよいよ10月18日から羽生善治4冠と渡辺明竜王との永世竜王を賭けた第21期竜王戦7番勝負が始まるが、これはまさに将棋界における天才同士の夢の対決。もっとも、竜王戦はどちらが勝っても大事には至らないが、湯川VS石神対決はその勝敗如何によっては人間の刑務所行きが決まるという大変な結果になることは明らかだ。さあ、物理の天才VS数学の天才の間でくり広げられる、息を呑む知恵比べをたっぷりと楽しもう。
<坂和的疑問 その1ー公衆電話が命綱・・・>
この映画は、難攻不落と思われたアリバイのトリックをいかにして見破り崩していくのかがポイント。しかし、石神の知能の限りを尽くした処置には、さすがの湯川も苦労したようだ。その謎を解く最大のヒントとなる言葉を発するのが、意外にも内海だというところが面白いが、さてそのヒントとは?
そんなメインストーリーの脚本は実によくできているが、私の目に少し奇異に映った点があるので、それを坂和的疑問その1としたい。それは石神の行動の意外な甘さ。石神と靖子を結びつける命綱となるのは、石神がわざわざ外に出かけていって靖子のケータイにかける公衆電話からの電話だ。もちろんこれは、2人が連絡を取り合っていることをカムフラージュするため。さらに、部屋に仕掛けられた可能性のある盗聴から逃れるためだ。
しかし、こりゃ逆に不自然で目立つのでは?だって、孤独な石神には毎日電話する相手などいるはずがないのだから。また、捜査本部はなぜ石神に尾行をつけないの?さらに、石神の公衆電話からの電話の架電先をなぜ調べないの・・・?
もっともこんなレベルの疑問を持つ奴がいることは、天才数学者石神は最初から折り込み済み・・・。
<坂和的疑問があと2つ>
そんな目でこの映画の犯罪捜査のあり方を見ていくと、坂和的疑問があと2つある。もっとも、それを詳しく書くとこの映画の謎解きの面白味を台なしにしてしまうので、それに注意しつつ要点だけを。
第1は、死体の身元が意外に早く割れたのだが、その証拠は十分かという疑問。すなわち、毛髪のDNA鑑定では一致しても、死体の身長、体重、足サイズ、血液型などの特徴はすべて富樫と一致したの?第2は、被害者の12月1日以前の行動についての調査は十分なされたの?もちろん、ストーリー展開の中では捜査本部は着々と証拠を収集し、それにもとづいて合理的な被害者の割り出しをしているのだが、その点の捜査はこれで十分・・・?
あえて坂和的疑問を提示すれば、こんな2点が・・・。そして、これらの坂和的疑問は、きっと湯川が抱いた疑問と共通するはずだが・・・?
<『太陽がいっぱい』のラストシーンを彷彿>
この映画のクライマックスは湯川が謎解き=アリバイのトリック崩しを完成させた後に生まれる「人間ドラマ」だが、それはあなた自身の目でしっかりと。すると、ひょっとして感動の涙があなたの頬を伝うかも・・・?
ところで、あなたは若き日のアラン・ドロンが主演した『太陽がいっぱい』(60年)のラストシーンを覚えてる?親友のフィリップ殺し計画をパーフェクトにこなし婚約者まで手に入れたトムは、今海辺で1人くつろいでいたが、他方売却されるフィリップの船が陸に引き上げられるとスクリューにからまったロープの先には・・・?西谷弘監督が用意したこの映画のラストは、そんな名シーンを彷彿させる興味深いもの。
メインストーリーの結末は既にはっきりとついているが、こんなラストシーンで最後の余韻をしっかり味わおう。
2008(平成20)年10月10日記