アラトリステ(スペイン映画・2006年) |
<東宝試写室>
2008年11月21日鑑賞
2008年11月29日記
あなたは11世紀末のスペインを舞台とした名作『エル・シド』(61年)を知ってる?また、大航海時代の先陣を切ったスペインの栄光と、1588年にアルマダの海戦で無敵艦隊が敗れさった後の没落の歴史を知ってる?『アラトリステ』とは、そんな没落中にあるフェリペ4世下のスペインの英雄の名前。『八十年戦争』と『三十年戦争』という2つの戦争を軸に、なんとも生臭い政権抗争あり、悲しくも美しい恋模様ありの波瀾万丈の英雄の生涯を、あなたはどう理解し、どんな感想を・・・?
本文はネタバレを含みます!!
それでも読む方は下の「More」をクリック!!
↓↓↓
ここからはネタバレを含みます!!
読まれる方はご注意ください!!
↓↓↓
監督:アグスティン・ディアス・ヤネス
原作:『アラトリステ』アルトゥーロ・ペレス=レベルテ(イン・ロック刊)
ディエゴ・アラトリステ(スペイン・カルタヘナ歩兵連隊の古参兵)/ヴィゴ・モーテンセン
イニゴ・バルボア(アラトリステの戦死した友人の息子)/ウナクス・ウガルデ
グアダルメディーナ伯爵(アラトリステに命を救われた大貴族)
/エドゥアルド・ノリエガ
フェリペ4世(スペイン国王)/サイモン・コーエン
オリバーレス伯爵(国王に代わって政治を司る最高権力者)/ハビエル・カマラ
ボカネグラ神父(異端審問所長官)/ブランカ・ポルティージョ
アルケサル(フェリペ4世の秘書官)/ヘスス・カステヨン
グァルテリオ・マラテスタ(イタリア人の殺し屋)/エンリコ・ロー・ヴェルソ
アンヘリカ・デ・アルケサル(アルケサルの姪、王妃付き女官)/エレナ・アナヤ
マリア・デ・カストロ(有名な美人女優)/アリアドナ・ヒル
フランシスコ・デ・ケベード(文学者、アラトリステの友人)/ファン・エチャノベ
2006年・スペイン映画・145分
配給/アートポート
<久しぶりに大歴史スペクタクルを堪能>
私がチャールトン・ヘストン主演の『エル・シド』(61年)を観たのは中学生の時。これは11世紀のスペインを舞台に、ムーア人との戦いに生涯を捧げたスペイン救国の闘将エル・シドの生涯を描いた歴史スペクタクル大作。共演はソフィア・ローレンだったが、その役名シメンは今でも私の記憶に残っている。印象に残るのは、敵の矢を受けて死亡したはずのエル・シドが翌朝再び馬上にまたがって無言のままスペイン軍を鼓舞激励するラストのクライマックスシーン。エル・シドは、その遺言によって死してなおスペインを守ったわけだ。
このように、スペインについては断片的な歴史しか知らないが、『アラトリステ』によって新たに17世紀のスペインの英雄ディエゴ・アラトリステについて知ることに。スペインの無敵艦隊が1588年のアルマダの海戦においてイングランドのエリザベス1世との戦いに敗れたことは有名な歴史上の事実。『アラトリステ』は、これを契機として次第に落ち目となっていく17世紀のスペインを舞台に、百戦錬磨の剣客として戦いの日々を送ると同時に、1人の女性に変わらぬ愛を捧げた男。
したがってエル・シドとは、時代も役割も全然違うが、男の生きざまの魅力としては全く同じ・・・。
<フェリペ4世の人物像は?>
ナタリー・ポートマンとスカーレット・ヨハンソンが共演した『ブーリン家の姉妹』(08年)では①イングランド王ヘンリー8世(1491~1547年)が生涯に6人もの妻を持ったこと。②ヘンリー8世が最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンと離婚し、アン・ブーリンと結婚するために、ローマカトリック教会と絶縁してイギリス国教会を設立したこと。③イギリスを最強国にのし上げたイングランド女王エリザベス1世(1533~1603年)は、ヘンリー8世とアン・ブーリンとの間に生まれた子であること、などを勉強した。
他方、ケイト・ブランシェット主演の『エリザベス:ゴールデン・エイジ』(07年)には、ヘンリー8世と最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンとの間に生まれた、メアリー1世イングランド女王(1553~1558年)と政略結婚をしたスペイン王フェリペ2世が登場する。彼は「太陽の沈むことなき大帝国」ハプスブルグ・スペインの最初の王であるカルロス1世の長男だが、『エリザベス:ゴールデン・エイジ』で描かれたように、フェリペ2世時代の1588年にスペインの無敵艦隊がエリザベス女王率いるイングランド軍に敗れたことが、スペインのケチのつき始め。
さらにフェリペ2世の跡を継いだフェリペ3世も、その跡を継いだフェリペ4世も国政への関心が薄く、国王の寵臣に政治を任せたことがフェリペ2世以降のスペインの凋落を決定づけることに。しかして、『アラトリステ』に登場するフェリペ4世(サイモン・コーエン)は寵臣のオリバーレス伯爵(ハビエル・カマラ)に国政を任せ、自分は自由奔放な生活を送ったバカな王様らしい・・・。
<戦争シーンその1は、「八十年戦争」>
この映画には2つの戦争シーンが登場するが、両者とも日本人には全然なじみのないもの。だって中学、高校の世界史ではフランス(フランス王国)VSイギリス(イングランド王国)の百年戦争(1337~1453年)は教えても、スペインVSオランダの八十年戦争(オランダ独立戦争)やスペインVSフランスの「三十年戦争」は全然教えていないのだから。
映画冒頭に登場するスペインのカルタヘナ歩兵連隊の古参兵ディエゴ・アラトリステ(ヴィゴ・モーテンセン)が、忍者集団のようにオランダ軍の陣営に忍び込んでいくシーンは、緊張感いっぱいで面白い。しかし、これは戦闘シーンに意味があるのではなく、ここで古くからの戦友を失う場面で、アラトリステが戦友の息子イニゴ(ウナクス・ウガルデ)の将来を託され、それを約束することに意味があることが後になってわかる。
それはともかく、スペインがオランダと戦っているこの八十年戦争は、オランダ(当時のネーデルラント諸州)がスペインからの独立を求めて起こした反乱に対し、アラトリステがスペインの傭兵として参加し奮闘しているもの。ちなみにスペインの絵画の巨匠ベラスケスの歴史絵『ブレダの開城(槍)』(1634~1635年頃)に描かれた場面は、オランダの要塞都市ブレダの開城を描くもの。それにしても、この当時の要塞攻略の戦法が地下坑道を掘り進めるものだったとは、何とも興味深い。
<戦争シーンその2は、「三十年戦争」>
この映画のハイライトは、ラストに長時間かけて描かれるスペインがフランスと戦った「三十年戦争」における、スペイン歩兵伝統の方形陣(テルシオ)による戦い。「三十年戦争」の発端は、ボヘミアの新教徒(プロテスタント)が旧教徒(カトリック)のハプスブルク家国王に対し反乱を起こしたこと。この反乱に新教徒の国々が次々と加わったため、大規模な宗教戦争に発展したわけだ。
ちなみに、フランスのブルボン王家はハプスブルク家と同じ旧教徒でありながら、ライバル意識のために新教徒側について参戦したというから驚き。1643年にフランドル地方からパリに向けて侵攻したスペイン軍が国境付近でフランス軍と最大の激戦を展開したのがロクロワの戦い(1643年)だ。
<権力闘争模様は?>
正直言って、この映画を観て楽しむにはかなりの勉強が必要。『イースタン・プロミス』(07年)で文字どおり裸の体当たり演技をみせたヴィゴ・モーテンセンが、この映画では2時間25分の間ほぼ出ずっぱりで大活躍。そんな大作を構成する要素は➀迫力ある戦争シーン、➁『三銃士』ばりの剣士たちの決闘シーン、➂アラトリステとイニゴがみせる2パターンの恋模様の他、➃宮廷の中でうごめく権力闘争模様。このうち➀➁➂は比較的わかりやすいが最も難解なのが➃。ここでその詳細を述べても仕方ないので、そのポイントとキーマンだけを紹介しておきたい。
第1に政治の分野では、フェリペ4世とその寵臣として権勢をふるう宰相オリバーレスがキーマン。第2に宗教的な観点からは、異端審問所の長官であり、「イギリス人の謎の旅行者たち」の暗殺計画の首謀者であるボカネグラ神父(ブランカ・ポルティージョ)がキーマン。第3に上層部の命令を忠実に執行する成り上がり者のワルが、国王の秘書官のアルケサル(ヘスス・カステヨン)。またアルケサルが事務方のワルだとすれば、武闘派のワルがアルケサルに雇われたイタリア人の殺し屋グァルテリオ・マラテスタ(エンリコ・ロー・ヴェルソ)だ。
傭兵といっても、戦争がないときのアラトリステは金で剣術の腕を買われる用心棒みたいなもの。したがって、アラトリステは一度はボカネグラ神父の命令に従ってイギリスの謎の旅行者2人の暗殺を決行しようとしたのだが、「何やら怪しい」と感じてそれを中止したため彼の立場は以降微妙なものに。どこの国でもいつの時代でも権力闘争は存在するが、17世紀のスペイン宮廷におけるそれは陰湿で嫌らしいもの。少し難しいが、そんな権力闘争模様もしっかり勉強しながら理解したいものだ。
<恋模様は?>
この映画のポイントの1つである恋模様も、女性像が少し複雑だからアラトリステとイニゴの2パターンの恋模様も少し複雑に。まず、戦死した父親の戦友であったアラトリステを父親同然に慕い、剣士としての腕を磨いているイニゴが一目惚れしたのがアンヘリカ・デ・アルケサル(エレナ・アナヤ)。王妃付きの女官をしているアンヘリカはたしかに美女だが、彼女はあのワルのアルケサルの姪っ子で、アルケサルに育てられているから、おじの悪事もよく知っている賢い女。すると、ひょっとして根性が曲がっているかも・・・?そうだとすると、剣術修行一筋の純情なイニゴは、アンヘリカとの恋の道で太刀打ちできるの?
他方、アラトリステが惚れたのは俳優の夫をもつ美人女優のマリア・デ・カストロ(アリアドナ・ヒル)だから問題がいっぱい。面白いのは、当時の女優は金持ちのパトロンをもつことは自由で、夫はそれを黙認しなければならないということ。すると、有名な美人女優マリアに言い寄る男は星の数ほどいるはずだから、いくらアラトリステが剣士として有能でも金がなければ所詮無理。そう考えてアラトリステは自分の欲望を抑えていたのだが、フェリペ4世の手がマリアに及んでいると知ると、アラトリステはがぜん発奮。しかし、当然これはその後のトラブルの原因となることに。
映画後半、美貌を誇ったマリアがある恐ろしい病気にかかってしまったのは意外だが、そんな極限状態においてやっとアラトリステとマリアの恋が成就するとは、何とも悲しい物語・・・。
<日本でのヒットの可能性は?>
プレスシートによると、この映画はスペイン映画界が史上最高の約40億円を投じて完成させたとのこと。ジョン・ウー監督の『レッドクリフ』(08年)の製作費100億円には劣るものの、馮小剛(フォン・シャオガン)監督の中国の戦争映画大作『戦場のレクイエム』(07年)の17億円や製作費20億円の『どろろ』(06年)や30億円の『蒼き狼 地果て海尽きるまで』(07年)と比べてもドーンと思い切った金額だ。さらに、ヴィゴ・モーテンセンの熱演には感動するものの、私はこの映画には興行の面で2つの不安がある。その第1は、スペインの絶頂期を描いたものではなく、逆に衰退期を時代的背景とし、しかもバカ王フェリペ4世を描いたものだから、果たして剣客アラトリステのネームバリューだけでスペイン国民に歓迎されるのかということ。
第2は、この映画は日本人には所詮なじみの薄い英雄物語だから、『レッドクリフ』のように大宣伝のうえ大量のスクリーンで上映されるわけではなく、大阪ではテアトル梅田1館での上映。しかも、2時間25分の大作だから客の回転が悪いのは明らか。私としてはこんな歴史大スペクタクルは是非ヒットしてほしいと願っているが、さて日本でのヒットの可能性は?
2008(平成20)年11月29日記